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Life will be beautiful

ひきこもるということ~Aの変化~

その後、私は大学受験に失敗し、地元を離れ、寮のある予備校に入学した。
1年後に無事医学部に合格し、さらに地元から遠い場所に引っ越した。

弟たちは私の高校卒業と同時に中学を卒業した。
しかし、中学時代をまともに過ごしていなかった弟たちが受験を乗り越えられるわけもなかった。
ただ両親はここが転機とばかりに弟たちを高校に行かせることに必死になっていた。

そして、Aは熊本市内から離れた地域の高校へ入学し、寮生活を開始。
Bは1年遅れで、祖父母のいる北九州の高校に入学し、祖父母の家に住むようになった。

でも、高校に入れるという目的を果たしたのかもしれなかったが、弟たちの心がついていってなかった。
Aはすぐに高校に行かなくなり、やがて自主退学した。
実家に戻り、ここから本当のひきこもりが始まった。
食事以外は部屋から出てこなくなり、昼夜逆転の日々を送っていたようだった。
遠方にいる私はその当時の姿がどうだったのか、家の雰囲気がどうだったのか実際見ていた訳ではない。
電話で尋ねても母は重い口を開くという感じで、あまり詳細は語ってくれなかった。

一方、Bは居候生活を続けていた。
祖父母の家には叔父家族も住んでおり、人間的にすごくいい方々であったが、性格的に人見知りの強い弟はとてもつらかったと思う。
そんな環境でもBは高校を卒業した。
そして、大学に入学したのだが、結局親の、というより父の意向を組んだような学部に行った影響か、またもやドロップアウトした。

AもBも再びひきこもりか、と思い始めた頃、希望の光が見え始めた。
Aが大検取得を目指して、予備校に通い始めたのだ。
予備校も行かないこともあったようだが、それでも一般の高校3年生の年にほとんどの受験資格を得て、翌年に完遂した。
そして、志望校に一発合格したのだった。

AはBよりもひきこもり度が強かったが、なぜ急に?

誰にもわからなかったが、確実に言えることはただ一つ。
本人が誰よりもこの状況から抜け出したかったのだ。

そこから彼の人生は見違えるようになった。
大学はとんとん拍子に卒業し、現在CADを用いたとある製品の設計に携わっている。
大学時代はゴルフにはまり、それが今の会社での人間関係の構築に役立っている。
家族からすればかなりこだわりの強い頑固な偏屈ものだが、外では仕事熱心なゴルフ好きな人として、親しまれているようだ。
一度Aと私が同時に帰省中にAの携帯に会社からの電話があった。
その口調はよそいきで、全うにやっているのだと姉として安心したのを覚えている。

つづく

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by dckuma | 2019-07-12 20:53 | かぞくのこと | Comments(0)

妻として、母として、医師として