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Life will be beautiful

ひきこもるということ

先日起きた川崎での痛ましい事件。
これにより「ひきこもり」「8050問題」が取り沙汰されるようになった。
また同時に「一人で死ね」「他人を巻き込むな」論争も勃発した。

私はこの「ひきこもり」について、外野ではなく、当該者的に意見をいう立場にあると思う。
こちらのブログに引っ越してきて、言及したことはなかったが、我が弟たちは「元ひきこもり」である。
双子の弟AとBは中学生頃からひきこもるようになった。
きっかけはいじめ。
小学校のころからおとなしい弟たちはいじめられやすいところがあった。
それが、中学校になると顕著に。
特にAはいじめられてその反発で、学校を飛び出し、一騒動起こしていた。

この時本当に問題なのはいじめた方なのだが、学校側は学校を飛び出した弟の方を問題視した。

このことがひきこもりとなったきっかけである。

私も卒業したその中学校の教師の対応には私自身も在学中に疑問を持っていた。
学校側に善悪の判断よりは「出る杭は打つ」ことに重きを置いている印象があったからだ。
思春期のいじめは子供のいろんな感情が入り混じっていじめに発展することは重々承知している。
でも、「いじめ」が起こった時に本当に悪いのはいじめた側。
このことを基本に指導していかないと、いろんなところにひずみがでてくる。

そして、Aが不登校になったことが、Bにも影響するようになった。

Aの不登校が続くと、Bも友人たちに聞かれたりすることが嫌になったのであろう、学校に行きたがらなくなった。
そして、A同様に「おなかが痛い」「体調が悪い」などといろいろ理由をつけて休むようになり、その結果、Bも不登校となってしまった。

Aの不登校は中2、Bの不登校は中3から、かなり深刻な状況だった。

当時父は単身赴任中。
多感な時期の中学生二人を母は一人で抱え、父は週末などたまに帰ってきては子供たちが学校に行かないことの怒りを母に向けた。
不登校だけでなく、家族関係も最悪だったと思う。

一方、私は弟たちと3歳離れているため、彼らが中学に入学した年に高校に入学した。
かなり厳しい校風の学校だったため、当時の私はいつも気がたっていた。
特に高校3年生の受験の時期には私が帰宅すると、弟たちは自分たちの部屋に隠れてたくらい。
母は登校拒否の弟といつもぴりぴりしている私、そして、週末だけ帰ってきて、仕事の不満、子供たちの不満をぶちまける父のケアに精神的に相当参っていただろう。

つづく

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by dckuma | 2019-06-28 23:49 | しゃかいのこと | Comments(0)

妻として、母として、医師として