2018年 03月 14日
剣
この2日間の騒動は短かったけれど、私の心には深い傷を残した。
旦那は義母が反省したことで「一件落着」と言った感じだった。
でも、私の気持ちは謝られてもすぐには許せるわけもない。
そのことを旦那に伝えると・・・
「許せないの?許せなかったらもうやってけないじゃん。母親に大阪に帰ってもらう?」
と言ってきた。
え?
許せない私が悪いの?
自分の母親がやったことに対して妻が深く傷ついているというのに他に言うことはないんかい?
「極端な例えだけど、殺人を犯した加害者が謝ったからって言って被害者はすぐ許せると思う?謝った人間は解放感があるかもしれないけど、傷ついた人間からすればすぐにはい、そうですかと言って割り切れるものじゃない」
と返した。
あの日以来何かスッキリしたような義母と一件落着~♪的な旦那とは真逆にもやもやした気持ちを抱えていた私。
あの時いろんなことを言うチャンスだったのに何故義母に気を遣った発言をしてしまったのか猛烈に後悔した。
そう、義母にトドメを刺すことばを私は幾つももっていたはずだった。
言ってたら義母との関係にも終止符を打てたはず。
でも・・・自分が可愛かったのだろうか。
それとも旦那や義母がかわいそうだと思ったのだろうか。
私はトドメの言葉を飲み込んだ。
ああ言えばよかった、こう言えばよかったと日に日に後悔は増していった。
同時にいつまでもあの日の出来事がトラウマのように私に付きまとっていることに苦しんだ。
義母は優等生のように振る舞い、旦那はそれを見て安心しているようだった。
私一人だけ消化できていないことに誰にも相談できなくなっていた。
だが、ある日新聞を読んでいた時のこと。
心の相談コーナーに「許すべきなのに許せない」という相談があった。
内容は全く異なるものではあったが、許せないことに苦しんでいることは一緒。
その答えは・・・「許さなくていい」とのことであった。
ひどいことをされて許せないのは当然。
許そうと思うからいつまでも囚われる。
自分のペースでゆっくり消化していけばいい。
なんかスーッとした気持ちだった。
以後私は義母に対する気持ちを自然に任せることにした。
そして、あの時義母に発しなかった止めの一言はいざというときの剣として私の胸に締まっておくことにした。
すると次第にいろんなことに寛容になってきた。
なんか人の弱みを握って、取り繕っている自分にいやな気もするが、自分の精神衛生上、一番納得のいく落としどころ。
これが本当の「鬼嫁」だな、なんて思いながら、表向きは平穏な日々を過ごしている今日この頃であった。
by dckuma
| 2018-03-14 22:57
| かぞくのこと
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