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Life will be beautiful

1ヵ月目の試練

ずーっと書きたかったこと。
だいぶ記憶も薄れてきたけど、備忘録として書いておくべきこと。

3月に息子ハル君を出産。
授乳にはかなり手こずり、退院時に生理的体重減少を超えて体重が落ちていた。
それでもミルクを併用しながら授乳し、1ヵ月検診では体重が理想的な増加を示していることが分かり、ほっと胸をなでおろした。
今のところ順調だし、そろそろ旦那の住む福岡に帰ろうか、と思っていたころ、あの日がやってきた。

4月14日はいつもと変わらない1日だった。
21時ごろハル君がいつものようにお腹がすいたと泣き出した。
ふと見ると、飲んだ後に時々コポッと吐くハル君の口を拭くティッシュがない。
新しいティッシュを取りに部屋を出て、戻る。
ティッシュの口を開け、私たちが寝ている和室の襖をあけてすぐ横のリビングのごみ箱にフタを捨てようと半歩部屋を出たところ、突然メキメキッと音がして、激しく家が揺れだした。
そう、熊本地震である。
私は里帰り出産のため、熊本に帰っていたのだ。

けたたましくなる携帯音。
ヤバイ!!
すぐに2-3歩先のハル君のところに向かおうとした。
たかだか8畳間の襖の対側に寝ているハル君のところに行くだけである。
だが、想像以上の激しい揺れにハル君に覆いかぶさるように倒れた。

どのぐらい続いたか今まで経験した地震よりもはるかに激しい揺れと長さであった。
地震がおさまると、2階にいた弟、キッチンにいた母とみんなでリビングに集合。
テレビをつけたところ、まさかの熊本が震源とのこと。
実家は比較的震源地に近かったため、相当揺れたのであった。
しかし、幸いライフラインは保たれており、和室にあった花瓶や仏壇周囲の小物たちが転がったりしたものの食器一つ割れず、被害というものはほとんどなかった。
でも、余震がその後も頻繁に訪れたため、私たちは万が一に備えて必要最低限の荷物だけまとめ、すぐ飛び出せるように洋服をきて、みんな1階で寝ることにした(ま、私とハル君はもともと1階で寝てたけど)。

といっても、続く余震と3時間ごとの授乳でほぼ眠れず。
それに加え、地震が起こった時に一瞬ハル君のところに行く前に自分の立っていた場所近くにあった貴重品をもって、ハル君のところに行こうとした自分を「母親失格だ」とひそかに責めていた。
貴重品よりも何よりもわが子が一番だろ!と。

不安と自責の念にかられながらも夜が明けると、少し気分も落ち着いた。
しかし、益城町の惨状をテレビでみて、被害の大きさを知った時、再び恐怖に包まれた。
幸い我が家のライフラインは保たれており、心配性の母のおかげで食べものや水のストックもたくさんあったため、再び起こるかもしれない地震に備えて、食器戸棚の扉を輪ゴムでぐるぐる巻きにしたり、仏壇の観音開きドアに割りばしはさんだり、昨日転がったりした飾り物などは撤去した。
落ち着いたら地震対策グッズを購入しなきゃねーなんて話しながら。

そう、この時私たちは次の地震に備えながらも心のどこかでこのまま終息するだろうと思っていた。

つづく・・・

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by dckuma | 2016-07-15 23:19 | ひとりごと

妻として、母として、医師として