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Life will be beautiful

バトル翌日

翌日の朝、もちろん義母は我が家に現れなかった。
一方、一晩経って私の心は晴れるどころか荒れ狂っていた。

今まで生活習慣が異なる人間同士が近くにいれば、多少の行き違いはある。
だから、多少の人間関係の不快感は覚悟していたし、時間がかかってもいずれは段々角が取れて、丸くなっていくだろう。
ドラマで観るような嫁姑関係とも違ってたし、ココで時々吐き出せばうまく付き合っていけるだろう。

そう考えていた。

だが、昨日の一件で、私の考えは甘かったとわかった。
私なりに頑張ってきたことは義母にとっては「鍵」一つで壊れるような「しょうもないこと」であり、私の自己満足に過ぎなかったのであろう。
だとしても、義母にあんな言われ方をするようなひどいことをしたわけでもなく、「ストレスがたまっていた」「虫の居所が悪かった」などの精神面を考慮したとしても到底納得できるものではない。
もう限界かも・・・。
義母には関西に戻ってもらおう。
でも、旦那にとっては唯一血のつながった家族。
本当にそれでいいのか?

仕事の間もずっとそのことばかり考えていた。
その日暇だったことが唯一の救いであった。
そして、最終的に決めたことは「義母の今日の態度で決めよう」ということであった。

仕事からの帰宅途中、義母との戦いに備えていろんな文言を考えていた。
日中旦那からメールが入り「だいぶ落ち着いている、昨日のことを反省しているみたい」とのことであったが、今回ばかりは「ああそうですか」と素直に許せる状態ではなかった。
旦那には「ごめん、だからと言ってすぐには許せない。言いたいことは言わせてもらう」と伝えた。

家に帰ると、義母の靴が我が家の玄関にあった。
旦那が玄関まで来て、ハル君を抱っこした。
その後ろに義母の姿が見えたが、私は無視をした。
服を着替えた後、キッチンに行き、ハル君の夕飯の支度をした。
義母は私に話しかけるタイミングを見計らっていたようだった。

そして
「dckumaさん」
無視する私。
するともう一度「dckumaさん」と義母。
「なんでしょうか?」
私は突き放すような言い方をした。
「昨日はごめんなさい。あんなことを言って、私どうにかしてた。本当にごめんなさい。」
「申し訳ないですけど、謝られたからと言ってすぐに許すことはできません。」
「そうよね。すぐに許してとは言わない。でも、時間がたってもどうしても許せなかったら言って。私ここを去るから。」
許せなかったら言って?これって、私が言えないこと分かってて言ってるよね?と心の中で思う。
「なんですか?その上から目線な言い方。」
「上から目線だなんて・・・そんなつもりは全然ないの。ただ言い訳がましいけど、これからの生活が不安で・・・。dckumaさんには言えないけど、Mの仕事も決まらないし、借金して生活するのも限界があるし、いつまでもdckumaさんに甘えるわけいかないし、そんなこと考えてたら自分が邪魔じゃないかと思って。昨日鍵がかかっていた時そんな気持ちが爆発して締め出された!と思ってしまったの。本当にごめんなさい。」
「でも、鍵が原因だとしても怒りの矛先を私に向けたということは普段から私に対してそういった思いがあったからですよね?」
「そんなことは決してない。昨日は本当に私がどうかしてた。自分でもなんであんなことを言ったのか、夜になって自分に腹が立ったし、恥ずかしくて朝は顔も出せなかった」
「昨日は特にハル君が3日間病児保育に通って、明日熱が出たら4日目はどこの病児に預けようか考えたり、Mが内定をもらったからそれについても話さなければならなかったのにお義母さんのせいでそれどころじゃなくなったんですよ。いい加減大人になってください。今までにも何度もこういったことありましたよね?自分一人で勝手に邪魔だと思い込んで。Mと結婚した時からお義母さんの面倒をみなきゃいけないと思ってたし、追いだそうだなんて思ったことありません。私なりに努力していたつもりでしたが、あんな態度取られて、申し訳ないですけど、すぐに気持ちを切り替えることはできません」
「dckumaさんがいろいろしてくれたことはよくわかってる。許してもらえないかもしれないけど、これまで通りにさせてください。それでもだめだったら、本当に言って。出ていくようにするから」

こんな感じで終了した。
昨年5月ごろの出来事のため、↑のやりとりも端折ったもの。
義母に言われたことも先日書いた内容よりももっとたくさんあった。
書いているうちにいろいろ思い出してきて、すっきりするつもりで書いたのに逆に当時の気持ちが蘇ってきて、気分が滅入ったりもした。
そのくらい今も私の心に深い傷となっている。

そして、その後・・・についてはまた今度。

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# by dckuma | 2018-02-13 22:16 | かぞくのこと | Comments(1)

バトル

ずっと書こうかどうか悩んでいたことがある。
我が家に起こったとある騒動について。
ためらっていた理由は自分の黒い部分が前面にでてしまうのではないか、ということ。
でも、騒動から数か月経ち、自分も冷静になれたこと、やっぱり吐き出すことは自分の心の健康につながると思い、書くことにした。

その騒動とは・・・

旦那が無職になり、約2ヵ月が経とうとしていたある日の夕方のこと。
その日はハル君が熱をだし、自分の病院の病児保育に預け、また旦那から一社内定をもらったという報告を受けた、いつもと違う日だった。
ハル君をピックアップし、いそいそと家に帰った私は、家に入ると、いつものように玄関のカギを閉めた。

いつもこの時間は義母が夕食の準備をしているのだが、その日は夕食を作り終え、一時的に隣の自分の部屋に戻っているようだった。
家に入ると、旦那は早速内定をもらった会社についての本題に入った。
私はハル君の夕食を作り、食べさせながら、その話を聞いた。

すると、しばらくして、玄関のドアノブをガチャガチャ回す音が聞こえた。
義母だ。
鍵が開いていない時は、すぐに自分の部屋に戻って鍵を取りに行く。
私たちが玄関のドアを開けに行くのも義母が部屋に鍵を取りに行くのもそんなに時間的差はなく、特にこの日は旦那との話を優先した。

しかし、「すぐに」戻ってくると思っていた義母は戻ってこなかった。
それよりも内定の話の方が大事。
義母もそのことは知っていたし、わかっているはずだ。

それから15分以上経ち、再び玄関のドアノブをガチャガチャと回す音が聞こえた。
1回目に来た時に鍵掛かっているの知ってるのになんで鍵をもってこないんだろう?
うちの家に忘れてるとか?
義母が我が家に来た時にいつも鍵を置いている場所を見てみたが見当たらない。
様子がおかしいため、さすがに2回目はドアを開けに行ったが、開けた時には義母の姿はなかった。
そして、今度は鍵をかけずにそのままにしておいた。

だが、義母の3回目の訪問はなかった。
夕ご飯も作ってくれているようだったし、いつもだったら、我が家にきてみんなで食事を食べている時間。
それなのにやってこない。
内定の話を中断し、旦那に義母の様子を見に行ってもらうことにした。

そして、すぐに旦那が戻ってきた。

「なんか・・・すごく怒ってる」
「え?なんで??」
「鍵を締められたからって」
「は?私がたぶんいつもの癖で締めただけなんだけど?なんでそんなことで怒るの?」
「よくわからん・・・」

というやりとりをしている最中、凄い勢いで、ドアを開けて義母が入ってきた。

「夕食の準備している間に鍵なんてかけてほしいねん!」
「ちょっと5分だけ自分の部屋にいっただけなのに!」

など剣幕でまくしたてた。
その声で泣き出すハル君。

「私はもともと鍵をかける習慣があるんです。でも、夕食の準備中はいったりきたりするだろうからと思って、かけないようにしてたんですが、たまたま無意識にかけちゃっただけじゃないですか」
「ああ、知ってるよ。いちいちいろんなところきっちり鍵かけてるもんね。しかも、たった5分ほど隣にいってる間に!」
「5分ほどって言われても、私にはわからないじゃないですか」
「それならM(旦那)が悪い。アンタが鍵をかけないように言えばいいじゃないの!」
「Mさんは関係ありません。私が鍵をかけてるかどうかなんて見てないですよ!」
「ああそう。鍵でもなんでもかければいい!二度とこの家には来ない!!」

そう叫んで、義母は我が家を出て行った。

私は悔しさと悲しさで涙があふれた。
それを見たハル君はびっくりしたように泣き止んだ。
と同時に、このやりとりの間、口をださなかった旦那に腹も立った。

「何あの態度?鍵をしめることがそんなに悪いわけ?熱だしたハル君かかえて帰ってきて、無意識的に鍵かけただけじゃん。しかも、なんでアナタはなにも言わないの!?」

すると、旦那は・・・

「うちの母親が100%悪い。とんでもないことをしてくれたと思ってるよ。でも、母親の性格上今いろいろ言っても、火に油を注ぐだけ。もう少し時間が経ったら俺が話してくる」

そして、1時間ほど経って旦那は義母の部屋に行った。
だが、すぐ戻ってきた。

「全然あかん。行ったら酒飲んでた。アレ昔からやねん。何かあると酒を飲んで、俺と喧嘩する。ああいうときはほんと何言ってもダメ。中学校の頃何度親を殺したいと思ったことか。」
「明日になったらもうちょっと冷静になると思うから、それまで待って」

旦那にとってこのようなことは「初めて」ではないんだな、と知った。
それでも自分の親、許せることはあるだろう。
でも、私は・・・。

その日はもちろん夕ご飯ものどを通らず、肝心の旦那の内定話もろくにできず、眠れない夜を過ごした。
ハル君の体調が回復していたことだけが、唯一の救いだった。

つづく

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# by dckuma | 2018-01-18 22:41 | かぞくのこと | Comments(4)

新年あけましておめでとうございます

皆様、新年あけましておめでとうございます。

2016年、7年は私個人としては比較的安定した一年でした。
でも、旦那のことで一喜一憂する日々。
まだまだ2017年のことで書けていないことはありますが、2018年はきっといい年になるはず!!

今年もよろしくお願いいたします。

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# by dckuma | 2018-01-07 12:18 | ひとりごと | Comments(4)

マネーの話

相変わらず波乱万丈な我が家。
前述の状態をみて、お金大丈夫?って思っている方もいるのではないだろうか。

医者=金持ちと思われがちだが、案外そうでもない。
もちろんフルタイムかつ当直・オンコール(急患が来た時に何時でも対応する日)をすれば、それなりにもらえる。
実際その頃は苦労していなかったし。

でも、今は、育児中の身。
時短勤務に当直なし。
当然incomeも減る。

その上、旦那の転職。
ある程度覚悟はしていたけれど、1年ぐらいなら全然やっていけると思っていた。
いや、全然やっていける状態だった。

だが、予想に反して1年を余裕で過ぎ、再び無職。
さすがの私も生活はできてもハル君のための貯蓄と旦那と義母の面倒をみるまでの余裕はない。

これまで私が育休中の間(バイトはしてたけど)は旦那が我が家の生活費と義母の生活費を出し、私が外食費やハル君の保育費などを出していた。
ただ旦那の給料も転職前と比べるとだいぶ減っていたので、かなりカツカツだった。
だから、私が仕事復帰したら私が我が家の分はすべて出して、旦那が自分の諸経費と義母の家賃・生活費を出すということにしていた。

そして、今回の一連の出来事。
旦那の給料は減るどころかなくなってしまった。
我が家の生活費に加え、旦那・義母の面倒まで私一人でみるなんて、ハル君のためにもできないと思った。
ただそれを伝える前に旦那から私にはもう迷惑はかけられない、と言ってきた。

旦那はできるだけ早く新しい仕事を見つけることに集中し、その間はクレジットカードのキャッシングで生活費をまかなうことにしたようだった。
借金するぐらいだったら、私が貸してもいいかも・・・と思ったが、そこはドライに行こうと決心した。

よく奥さんが女医さんなら安心して転職できるね、と言われる。
しかし、だんだん転職がうまくいっていないのはもしてかして私のせいなのかも?と思うようになった。
「生活がどうにかなる」っていう状況は安心感はあるかもしれないが、石橋を叩かず渡るような環境を作り出していることにはならないのか?
もともとの性格かもしれない。
でも、旦那から切羽詰まった感が感じられなかったのは根底にそれがあったような気がする。

借金生活が始まった旦那には焦りがみられるようになった。
金銭的なことを考えるとアルバイトをするというのも手ではあったが、不器用な旦那はアルバイトと就職活動を両立できるとは思えなかった。
実際以前の転職活動中に朝から晩までのバイトをして「こんなんじゃ仕事探しできない・・・」なんて言ってたんで。
結局アルバイトで生活費を稼ごうとすると、ハードワークになるし、転職活動に集中できないという本末転倒な事態になりかねない。
ってことで、私は3ヵ月間はアルバイトをしないよう伝えた。

そして、そろそろアルバイトをしようかと悩む3ヵ月目に仕事が決まったのだが・・・。

それまでにもその後もまだまだ多難は続きます。


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# by dckuma | 2017-12-11 23:05 | ひとりごと | Comments(4)

4度目の正直 ~最終章~

仕事をやめた数日後、旦那は新しい会社に就職した。

前述のごとく、全く毛色の違った仕事。
これまでのスーツ姿とは異なり、作業着での出勤となった。

仕事内容は建物を建てる前の地質調査と地盤づくり。
将来的には旦那はこれを指示する立場となるのだが、まずは現場を知ることが何よりも大事。
若手の社員と共に現場へ向かった。

現地に到着した旦那は案の定右往左往。
全くの新人とは知りながら、サラリーマンとは異なり、「見て覚えろ」的な雰囲気。
特に旦那に気を遣う様子もなく、かといって嫌な態度をとるわけでもなく、旦那も必死にかじりつく。
何をやっていたのかよくわからないまま1日が過ぎ、重機と共に事務所へ戻り、帰宅となった。
変な緊張とずっと外での作業に妙に疲れたもののビールはおいしく飲めた。

2日目は地盤づくりのコンクリートを流し込む作業に参加。
段取りの悪い旦那は作業着にコンクリートをぶちまけてしまった。
帰宅すると玄関でパン一になり、そのままお風呂へ。
誰も口には出さなかったが、おそらくみんなの心の中に不安が生まれたのは間違いないであろう。

3日目。
いつものごとく1日現場仕事。
まだ3日目とはいえ、ゆっくり少しずつというよりは「とりあえずやってみたら」みたいな雰囲気。
その日の帰り、旦那は重機を載せたトラックを運転することになった。
免許的にはOKでも長年AT車ばかり乗っていた旦那にはかなりのハードルだった。
しかもサイズは家の車よりもはるかに大きいし。

そして、旦那は大通りに出る寸前でエンスト。
即座に代わってもらい、事なきを得た。

だが、この時の出来事をきっかけに旦那は私の予想をはるかに上回る速さである決断をした。

そう「退職」である。

帰宅後旦那は言った。
「俺、このまま仕事を続ければ、必ず命にかかわるような大きな事故を起こしそう。自分に対してもそうだし、他人に対しても。情けない話だけど、やめたいと思う」

まあ、旦那の姿を見て、違和感をぬぐえなかった私は、それでよいと思った。

でも・・・
生命の危機とまではわからなくても、ある程度仕事内容から向き不向きはわかってたよね?
もう46歳にもなって「やってみないとわからない」というのはチャレンジ精神ではなく、単なる無知だし、無謀。

どうしてあの時私は何が何でも止めなかったんだろう。
一縷の望みにかけてしまったんだろう。
自分を責めた。

だけど、あの時私が「いいよ」と言わなければ・・・旦那は前職の不満を言い続けてただろうし、それを聞いた義母は私に非難の目を向けたに違いない。

言い訳かもしれないけど、そうするしかなかった。

そして、旦那はまさかの「3日坊主」で仕事をやめることになった。
社長さんは「その危険に気づけることが大事。もう少し頑張ってみないか」と言ってくれたが、旦那は首を横に振った。

またもや先の見えない日々へ。
ちょうどいいタイミングで私が仕事を始めたので、生活を送ること自体は問題なかったが・・・。
まだまだ苦難は続く・・・。


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# by dckuma | 2017-11-17 22:45 | かぞくのこと | Comments(4)

妻として、母として、医師として